ダレがナンと言っても(^^)
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気が付くと辺りは薄暗く、森の向こうに夕日が沈もうとしているところだった。
夕日に染まった木々の影が湖面に映って、不思議な風景を描き出している。
風向きが変わったのだろう、 森からの湿気を含んだ冷たい風が部屋の中に流れ込んでくる。
しばらく風に当たっていると、頭の中がすっきりしてきた。
久し振りにパソコンに向かっていると楽しいのだが、やはり疲労感がある。 もっともこんなことはここ数年無かったのだから仕方がないが。
気分転換も兼ねて食事をしに部屋を出た。
ホテルのレストランは大きくはないが、調度品や家具、食器などは品のいいものが揃っている。
隅々まで手入れされていて、この建物と同じように歴史を感じさせるものばかりだ。
食事も今の私にとってはもったいないくらい満足のいくもので、コースの組み立ても食材も吟味されている。
客は思ったとおり少なく、窓際の少し離れたテーブルに、年配とまではいかないが夫婦らしい二人連れと、入り口に近いテーブルに小ぎれいな身なりをした一人の老婆が座っている。
「皆様、ここからそんなに遠くないところにお住まいの方々ですよ。
時にはここでゆっくり過ごしたいと、時々いらして下さるんです。」
ウェイターはワインを注ぎながらそう言った。
「常連さんなんだね。」
「そうです。 毎回一週間くらい滞在されます。
こんな何もないところですから、本を読んだり景色を楽しまれたりしておいでです。」
客の少ない時期でもあり、私が初めてで珍しい客だからか、ウェイターも饒舌で良い話し相手になりそうだ。
「お部屋はお気に召して頂けましたか?」
「ああ、とても眺めが良いね。 落ち着く部屋だよ。 つい時間を忘れてしまう。」
「ありがとうございます。 お仕事は捗りそうですか?」
「まだ取り掛かったばかりだけど、何とかなりそうだ。 最もこの先は私の実力だがね。」
「サインを頂いておかないといけませんね。 ベストセラー作家が原稿を書くのに利用したホテルだって宣伝できますよ。」
私たちが食事を終えれば、彼の仕事も終わりなのだろうか、気楽さから話が弾む。
私はコーヒーを飲みながら、ふと思いついて聞いてみた。
「この湖は随分大きいのかね? 森の向こうまで広がっているようだけど。」
「ええ。」
「森の中には入れないのかな。 明日の朝にでも湖の周りを散歩してみたいんだが。」
「・・・・・・・・・・。 あ、あの、お客様。」
先程までの楽しげな様子とは明らかに違う、一瞬ためらったような彼の口調に、私は何か不自然なものを感じた。
「どうしたの?」
「いえ、失礼いたしました。 森の中に入れないことはありませんが、何もありませんよ。
地面がぬかるんでいて歩きにくいので、転んだりなさるかもしれません。
止めておいたほうがよろしいかと思います。」
彼は元の明るい口調でそう言うと、私の話し相手を辞退し仕事に戻っていった。
食事を終え、部屋に戻りながら彼の様子を思い出していた。 森に何かあるんだろうか。近寄らせたくないような何かが。
あの一瞬でそう思わせるほど彼の様子はおかしかったし、それに合わせて私は昼間の影のことを思い出していた。
あのパソコンに映った影。 自分の影かと思っていたが、こうして考えると自分の姿かたちとはまったく違っていたようにも思える。
部屋に戻った私は、何か引っかかるような思いはあったが、満腹感で仕事に向かう気にはなれず、そのままベッドに横になった。
ベランダへ出る窓に森からの風が当たって、時折ガタガタと音を立てている。
続きはひと眠りしてからにしよう。
何気に目を向けたパソコン。 電源はまだ入れていない。
真っ暗なその画面に、また何かが映っているような気がした。
しかし、それを確かめることも出来ずに、そのまま私は眠りへと堕ちていった。
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